心地よく吹きわたるそよ風に、揺れる草木、寄せる波。静かなこの島で自然だけが奏でる優しい音に包まれていると、いつの間にか心のざわめきも静まっていることに気づく。
沖縄の有人島の中で最北端に位置する伊平屋島。その小さな村には、限りある資源を分かち合い相手に尽くす、「伊平屋のおもてなしの心」という意味の「いへやじゅうてー」が昔から息づいているという。手つかずの美しい自然と、「いへやじゅうてー」に出会う旅へ。
伊平屋島を見渡す絶景スポットへ
沖縄本島北部・今帰仁村(なきじんそん)にある運天港(うんてんこう)からフェリーに乗り、伊平屋島へ出発!快適な船内でくつろいだり、デッキへ出て風に吹かれながら広い海を眺めたり。この海の先に、どんな景色が待っているんだろう。悠々と進む船が旅の気分を高めてくれる。
フェリーに揺られること、およそ80分。青い海の向こうに、伊平屋島の前泊港が見えてきた。ターミナルのうしろに位置するのは、虎の頭のかたちをした虎頭岩(とらずいわ)。車で坂道を登り、岩の斜面に設けられた階段を上がっていくと頂上まで行くことができるそうで、港でレンタカーを借りてさっそく向かってみることに。
階段を昇り、木々の間を抜け、息を切らしながら急勾配の斜面を登りきると、目の前に広がるのがこの絶景!頂上周辺に群生する低木は「伊平屋島のウバメガシ群落」として2021年に国の天然記念物に指定されたものだ。一面に生い茂るウバメガシの先に、山や集落、そして瑠璃色の海を見渡す美しい眺望は一見の価値あり。汗ばんだ額を、穏やかな海風が心地よく撫でていった。
島を見渡す大きな岩からの絶景を楽しんだら、日が暮れるのを待って島の北西に位置するヤヘー岩へ。およそ3億年前に生まれたといわれる岩山は、海岸から50mほどの沖合に浮かぶ荘厳な姿が印象的だ。小高い山を背に180度広がる穏やかな海と、そのなかに浮かぶ岩々、陽が沈むにつれ刻々と色を変えていく大空。海岸に腰を下ろし、夕焼けに染まる岩肌を見つめながら、はるか昔から変わらない海の景色に思いをはせた。
こだわり尽くしの塩づくりを見学
翌朝、すこし早起きをして、野甫大橋で結ばれた野甫島へ。製塩所である「倶楽部 野甫の塩」で、島名産の塩ができる工程を見学させてもらうためだ。
日の出とともにすでに塩田で作業をしていた、松宮賢さん・さゆりさん夫婦が笑顔で迎えてくれる。賢さんが指さすのは、二人が2年以上もの月日をかけて手づくりしたという製塩設備。「台風が来るたびに張り直し。だから破れても再利用できるよう工夫しているんですよ」
集落がなく、生活排水が流れ込まない清らかな海。本物の塩づくりを志し、美味しい海水を求めて日本中を渡り歩いた松宮さん夫婦がたどり着いたのが野甫の地だったという。「原料はこのきれいな海水だけ。成分の異なる表層と深層が大潮で混ざり合いながら寄せてくるときにだけ取水します。そして風と太陽熱だけで濃縮したあと、天日のみでゆっくり結晶化させているんです」
塩のひと粒ひと粒にさまざまなミネラルをバランスよく含ませるため、夏場には50度近くまで気温が上がるハウスのなかで、結晶化した塩を1日3回、合計7時間かけてひたすら手でもむ。
「自然の力を借り、この塩ひと粒を作るのに28日以上かかります」と、さゆりさん。ハウスに入って数分で噴き出す汗を拭いながら、塩づくりにかけるその情熱に言葉を失う。
そうしてできた塩『塩夢寿美(えんむすび)』を味わってみると、きりりとした塩味にミネラルの苦味や酸味が深みとまろやかさを与え、後味にはほのかな甘味が。塩がこんなに美味しいなんて!
大きな台風に襲われ、製塩設備が倒壊し挫折しそうになったことも。それでも約25年間にわたり塩づくりに取り組んでこられたのは、限られた島の食料を分け合い、率先して塩田の復旧を手伝ってくれた島の人たちのあたたかな支えがあったからこそだという。
小学校低学年から塩づくりを手伝い、現在は世界一の塩屋を目指して勉強に励む高校生の琉太さんは、「資源を大切に自然と共生しながら塩づくりを追求する両親を尊敬し誇りに思います。僕は塩の研究をしながら塩づくりを引き継いで、その可能性を広げていきたいと思っています」と語ってくれた。
「またいつでも伊平屋島へ遊びに来てくださいね」ご家族の笑顔に見送られながら、塩田をあとにした。
Cafe はるま~いで島産素材を味わう
野甫島から再び伊平屋島へ。ランチは、2021年にオープンしたという「Cafe はるま~い」。鮮やかなピンク色が目をひく建物に足を踏み入れると、店主の仲川克子さんが優しい笑顔で出迎えてくれた。
お店の人気メニューはマンゴージュース。「夫がマンゴー農家なんですが、小さいものやキズがついてしまったものなどが売れずに残ってしまうんです。そんな規格外品をなんとか捨てずに活用できたらと考えたのが、このカフェをつくったきっかけです」
ひとくち飲んでみると、熟したマンゴーをそのまま食べているかのような甘く濃厚な風味が口いっぱいに広がる。マンゴーの実をまるごと贅沢に使っていながらリーズナブルなのもうれしい。「お子さまからお年寄りまで、気軽に立ち寄っていただけるようにしたくて」と仲川さん。
日替わりランチもあわせて注文。新鮮な魚に添えられた色とりどりの野菜は一つひとつ味付けが工夫されていて、どれもしみじみと美味しい。
「野菜も魚も、できるかぎり島産のものを使いたいと思っているんです。地域でとれる旬の食材は美味しくて健康にいいし、エコにもつながる。知り合いの農家さんから直接仕入れるほか、ハーブなどあたいぐゎー(自家菜園)で育てているものも使っています」。
仲川さんのあたたかくチャーミングな人柄に、おなかだけでなく心まで満たされた。
美しい民具の魅力に触れて
ランチのあとは、珊瑚の石垣が残る集落へ。クバやアダン、月桃といった自生植物を用いて手仕事で民具を製作する是枝麻紗美さんに会うため、「種水土花(しゅみどか)」のアトリエを訪ねた。
クバでつくられた籠のかたちに魅せられ、是枝さんが民具を作りはじめたのは10年ほど前のこと。当時はその籠を作れる人がまわりにおらず、独学で作り方を勉強したのだそう。
伝統的な沖縄の民具から生まれ、是枝さんの手により現代の生活に合うようデザインし直された道具は、使い勝手だけでなく耐久性にも優れているのが魅力だ。「沖縄にもともと伝わる民具はとてもシンプルなつくりなんです。例えば、クバの葉をそのまま使ってお皿にしていたり。でもそれだと破れたら使えなくなってしまいますよね。そこで、葉を裂いて編んでみたのが始まりです。それなら強度も増して、永く使うことができると思って」。
自生しているとはいえ、材料となる植物は余すところなく大切に使う。「ていねいに部材ごとに分けて使うほか、端材で鍋敷きやコースターを作るなどして、捨てるところがないようにしています」。そうして作られた民具は、いずれも日常に溶け込み多用途に活躍しながら、造形の美しさが生活に彩りを添えてくれる。
そんな是枝さんのアトリエでは、2022年夏頃に向けて大きく改装が始まろうとしていた。これまで一般には開放されていなかったこの素敵な古民家が、民具作りの体験スペースやショップを備えたオープンなアトリエとして新たな場に生まれ変わる予定だそう!
「自生植物を使った民具は沖縄の大切な伝統文化として今後もずっと受け継いでいくべきもの。その魅力や作り方を広く伝えていくとともに、伊平屋島をより楽しんでもらえるような場づくりができたら」と是枝さん。たくさんの夢が花開こうとしているこの場所に、完成の頃ぜひまた訪れたい。
星空フォトツアーで思い出づくり
(写真:金城勇人)
充実した旅の終わりには、美しい伊平屋島の星空とともに写真を撮影する星空フォトツアーへ。夜の明かりが少ない伊平屋島では、満天の星空もまた絶景のひとつ。天の川がはっきりと見え、その美しさに思わず息をのむ。
星空フォトツアーを運営するのは、この島で生まれ育った金城勇人さん。幼い頃から幾度となく星空を見上げるたび、その美しさに魅了されてきたという。「美しい星空は、伊平屋島の大きな魅力。島を訪れた思い出として、ここで星空を見上げた感動を形として残せたらと思いフォトツアーを始めました」。撮影した写真は後日、データで送ってもらうことができる。家に帰り、幻想的な写真を眺めていると旅の思い出が鮮やかによみがえり、また伊平屋島へ行きたくなる。
美しい自然をそのまま味わうような伊平屋島の旅。島の人たちのあたたかな笑顔と、島の自然を大切に思う気持ちが印象に残っている。にぎやかな観光地を巡る旅も楽しいけれど、静かな島で自分を取り戻す穏やかな時間には確かに特別な魅力があった。