那覇から飛行機で約1時間半、石垣島からは飛行機で30分ほどで到着する、日本最西端の与那国島。台湾までの距離は約111キロ、年に数回ほど天気の良い日には台湾の山並みが見えるという。異国に近い絶海の孤島には、独特の生活文化や美しい自然景観が守り継がれている。島の暮らしや自然に負担をかけない旅で、その魅力に触れてみよう。
与那国馬と海で遊ぶ
与那国島には貴重な日本在来馬である天然記念物の与那国馬がいる。古くからこの島で人間と共に生きてきた、人懐っこく大人しい馬だ。昔は農耕馬として活躍していたが、現在は観光や乗馬で人々を楽しませている。
今回の乗馬体験でお世話になるのは、与那国馬風(う)牧場。初心者でも馬と海でたっぷり遊べる「竜宮へ行く」というコースを予約した。馬に乗ってトレッキングに行く前に、牧場主の田中雅洋さんから馬とのコミュニケーションの取り方、乗馬の基礎をみっちり30分ほど教わる。
まずは毛並みのお手入からスタート。「フジコさん、よろしくね」と、相棒となるフジコに挨拶しながらブラシをかけた。田中さんの乗馬法は、決して馬を蹴ったり叩いたりはしない。声をかける→大きな声をかける→もっと大きな声をかける、と、馬が動くまで段階的に声をかけ続けるのが基本。それでも動かない場合の最終手段は足で馬のお腹をくすぐる、という馬にやさしい乗馬法。急ぐことなく馬の気持ちと信頼関係を大切にしているのだ。与那国島ののんびりした時間と田中さんの温かい人柄を感じた。
フジコとコミュニケーションを育むこと約30分。教え上手な田中さんと賢いフジコのおかげで、牧場内を右へ左へと息ぴったりに進むことができるようになり、いよいよ海へと向かう。野路、舗装道路を歩き、近くの浜へと下りる。フジコが砂を踏みしめる感覚が伝わり、一体感を味わえた。
田中さんは「スパル田中」と名乗るほど、割とハードな道を歩かせる。浜を歩き、岩場を超え、浅瀬を渡り、奥へ奥へと進む。さすがに馬に乗っての岩場はドキドキしたが、馬の方がベテランなので、みんな馬にリードされつつどうにかクリアできた。
田中さんおすすめの秘密の海へ到着したら、鞍を外し裸馬に乗って海の中へ。天気の良い日は透き通った真っ青な海がどこまでも続く絶景が見られる。
おっかなびっくり、キャアキャア騒ぐ人間たちをよそに、馬たちは海の中を気持ちよさそうに歩き、深みはスイスイと泳いで進む。休憩をはさみながら誰もいない穏やかな海で、馬と泳いだり浜を走ったりと各々自由に遊び、満足したところで牧場に戻った。
牧場では表彰式が行われた。オリジナルの乗馬検定の卒業証書とともに、田中さんからそれぞれお褒めの言葉をいただく。スパルタなだけでなく、褒めて伸ばしてくれる田中さん。2時間コースだったが、トレッキング出発前の乗馬の練習と検定、表彰式を含めると3時間は滞在した。「トレッキングに出て馬に馴れるのに1時間ほどかかるので、より楽しんでもらうために、2時間以上のコースをおすすめしています」と、田中さん。「今度はフジコともっと上手に泳げるかな」と、早くもまた来ることを考えてしまう。
電動自転車で島の景勝地を巡る
乗馬を終えて、牧場で電動自転車をレンタルして島を周ってみることに。自転車なら環境にもやさしく、島の景色を存分に楽しめる。1周わずか25キロだが、坂が多いので電動がいい。
島には馬が放牧されている南牧場と東牧場があり、それぞれの境界となる道路4カ所には、テキサスゲートという馬が渡れない溝が設置されている。馬と人の住む場所を区切り、上手に共存しているのだ。テキサスゲートは自転車も危ないので降りて渡らなければならないので気を付けよう。
牧場エリアの道路では、馬が自由に歩き回り自由に排便している。草食なので臭さは控えめ。馬のフンの多さにびっくりするが、こんなにも馬が自由に暮らしているのかと思うと感動した。
景観の良い海側の道を走り、日本の西の端となる西崎(いりざき)まで来た。日本の端っこ、ということで、ぜひ来たかったスポット。ロマンチックな言い方をすると、日本で一番最後に沈む夕陽が見られる場所である。岬から台湾までは111キロ、天気の良い日は台湾が見えるという。明るいうちに景観スポットを巡りたいので、夕陽の時間に戻ってこようと思い、サイクリングを続けた。
島の南側の道を戻るように走り、ダイナミックな断崖絶壁の地形を眺めながら東へ向かう。途中には、ドラマのDr.コトー診療所に撮影で使われた建物や立神岩、軍艦岩など見どころスポットがいくつもある。立神岩には神様に助けられた青年の伝説があり、神聖な岩とされている。展望台があるので休憩がてら、立ち寄った。自転車を降りて石垣の坂道を下ると、小さな石がふたつ並んでいる。石の上に立ち絶壁の下をのぞき込むと、立神岩が見えた。力強く神々しい佇まいだったので、旅の安全を祈った。
さらに電動自転車で東へ向かい、島の東の岬、東崎(あがりざき)に到着した。海面から約100mある断崖絶壁の先端には、灯台と展望台が立っている。東牧場エリアなので与那国馬があちこちにいるが、人が来ても構わずに一生懸命に草を食べ続ける様子が愛らしい。いつまでも見ていられる光景だ。触ろうとすると逃げてしまうが、かなり近くまで近寄れる。のんびり過ごしていると、いい時間になったので、次の体験スポットへと向かった。
クバの葉を使い民具を作る
訪れたのは島の北部の集落、祖納(そない)地区にある、よなは民具。こちらでクバの葉を使った民具を作らせてもらうのだ。与那覇有羽さん、桂子さん夫婦が笑顔で迎えてくれた。クバとはヤシ科の常緑高木ビロウの沖縄方言名。与那国島では昔からクバの葉を使って水汲みや扇、ホウキなど様々な民具を作り、生活の中で利用してきたという。まずはどうやって作るのか、見せてもらうことにした。
民具作家の有羽さんは、おしゃべりしながら器用に手早く、形を作っていく。あっという間にウブルと呼ばれる伝統的な水汲みが出来上がった。ウブルは丸っこく、ハート型にも見えてなかなか可愛い。海や井戸など使う用途に応じて形も自由に変えるそうだ。「葉は光を通すので間接照明にもいいし、かごとしても使えるよ」と、現代の生活でも楽しめる使い方をいろいろと提案してくれる。
体験ではお皿を作ってみた。アクセサリー入れに使おうと思う。お客さんが作りたいものや使い方を聞きながら、丁度良い形に仕上がるようにしているのだそう。「民具だから決まりはないからね。ほしい物を作るんだよ」と、有羽さん。曲げる、編む、縛るなどの基本的な技術を応用し、大概のものは作れるという。与那国島で生まれ育ち、周りの大人たちが民具を作る様子を見ながら自然に覚えたそう。伝統を守っているというよりも、時代に合わせて使い方や形を変えながら、クバで作る民具の可能性を楽しんでいるのだなと思った。
与那覇さん夫婦は、民謡歌手という一面も持っている。ふたりで少し歌ってくれたが、力強くて優しい愛情あふれる歌声に、涙が出そうになった。CDも発売されているということなので、ぜひ購入しようと思う。ふたりの歌声を聞けば、いつでも与那国島を思い出し、温かい気持ちになれそうだ。
泳ぐ馬、テキサスゲート、民具の可能性など、驚くことや感動することが多かった与那国島の旅。島の自然や文化を守るための知恵が豊富で、島の人たちはこの暮らしを楽しんでいるのだと感じた。「サステナブル」を堅苦しく考えずに、工夫しながら楽しめればいいのかしらと、与那国島を手本に「サステナブル」を意識しようと思う。