ヤギって、のんびりマイペースな動物だとずっと思いこんでいたのだが……とんでもなかった。
「ヤギの島」といわれる多良間島で見たものは、のんびりどころか、何とも壮絶なヤギたちのバトルだった。
サンゴの海を眼下に、宮古空港からひとっ飛び。
プロペラ機が宮古空港を離陸する。低い位置を飛行する機影が、エメラルド色の海面によく映る。
あまりに鮮やかなサンゴ礁の海に、目が吸い寄せられる。このまま1時間でも2時間でも、この美しい海を眺め続けていたい。と思ったら、そうはいかなかった。
えっ、もう着いたの? そう、飛行時間はわずか25分。まさにひとっ飛びで、機は多良間空港に着陸していた。
到着して空港を出ると、早速ヤギさんのお出迎え。
多良間島は「ヤギの島」である。「人の数より多い」と言われるほど、あちらこちらにヤギがいるというのだ。ホントかなと思って空港を出たとたん、「めぇぇぇぇー」の声が。
いきなり白ヤギさんが歓迎してくれた。早速お目にかかれて嬉しい。もしかしてヤギ語で「いらっしゃい」と言っているのかな。
島の交通手段は、村営の自家用有償バスを利用。
まずは中心部の集落をまっすぐ目指す。とはいってもタクシーはない。旅人にとっての交通手段はもっぱら、多良間村営の「自家用有償バス」もしくはレンタカーやレンタサイクルが頼りなのだ。白とオレンジのツートンカラーの村営マイクロバスに乗りこむ。明日はピンダアース大会というヤギの大会があるからか、出発したとたん道のいたるところで多くのヤギに遭遇した。まさに噂通りのヤギの島と、改めて実感する。
広大な牧草地帯をバスは行く。
サトウキビ畑を抜け、広大な牧草地帯の間をバスはひた走る。宮古島とはまた異なる、雄大かつ開放感あふれる光景だ。ふと気がつけば、あたりには牛たちの姿もちらほら見える。多良間島では放牧も盛んに行われているのだ。広々した牧場で育った牛たちは、県外各地へ出荷されブランド牛として出荷されるという。
夢パティオたらまに到着、旅装を解く。
今夜の宿は、島の北部にある「夢パティオたらま」。広々とした和室タイプのコテージに到着して旅装を解けば、くつろいだ夜を過ごせそうだ。利点はそれだけではなかった。今回の旅のメインイベントは、「ピンダアース大会」だ。「ピンダ」はヤギ、「アース」は決闘の意味で、ヤギ同士の戦いである。その会場となる多良間村多目的広場が、宿のすぐ隣なのだった。
島いちばんの夕日スポットで波を眺める。
夕食まではまだ時間がある。部屋でじっとしていても手持ち無沙汰だ。そこで島いちばんの夕日スポットと評判の、西海岸方面に出向いていった。
水平線に夕焼け雲がかかっている。打ち寄せる波の音が、どんな音楽よりもずっと耳に快い。
満天の星を見上げながら、島時間を堪能する。
午後八時、今度は星の観察に出かける。真っ暗な夜空全体に輝きわたる星は、都会の空では望めない満天の星。
誰にも気にすることなく、じっくりと眺めてみる。昼間の暑さもやわらぎ心地よい風を感じながら満天の星空を眺めていると、時の流れもまるで止まっているかのようだ。ずっとこのまま眺めていられる。
次の朝、木立の向こうに感じる視線。誰だ誰だ?
夜が明けて、ピンダアース大会当日になった。空は快晴。絶好のコンディションだ。
ヤギの決闘とは、一体全体どういう戦いになるのだろう。ボクシングやレスリングなど格闘技はよく見ているが、ヤギ同士のバトルは初体験である。まさか噛みついたりはしないよな、などと考えながらコテージを出ていくと……ん、何だ? 木立の向こうからふと、視線を感じて立ち止まった。誰だ。誰がこっちを見ているのかと思えば……
前大会のチャンピオン!!
それは堂々たる体躯の黒ヤギであった。近くにいた飼い主と思われる人が、誇らしげな顔で教えてくれた。
「前大会“重量級”のチャンピオンでしてね。名前はシンメトリ号というんですよ。4歳8ヶ月で、体重は71キロあります」とのこと。そうなのか、前回の優勝ピンダだったのか。言われてみれば存在感たっぷりで、全身から覇気がみなぎっているようだ。きっと2連覇を狙っているに違いない。よし、しっかり覚えておくぞ、シンメトリ号!
続々と集まってくる選手たちは、強面から優しそうなヤギさんまで。
試合開始時刻が迫ってきた。飼い主に手綱を引かれて、「出場選手」たちが続々と集まってくる。
見るからに強そうなヤギもいれば、優しそうなヤギもいる。だが外見で判断するのは禁物だ。一見優しそうに見えても、どんな必殺技を隠し持っているか分からない。
本部で入手した大会パンフレットによると、出場ピンダは全部で26頭。階級は、軽量級8頭・中量級10頭・重量級8頭という陣容だ。多良間島で飼育されているヤギが大半だが、はるばる石垣島から参加したものも2頭いる。各階級、はたして誰に凱歌があがるのか。戦いの火ぶたがまもなく切られようとしている。
多良間村のイメージキャラクター登場に、会場は大歓声。
ピンダアースは多良間島のヤギの生産振興および観光振興を目的として、年に2回開催されている。試合時間4分間の1ラウンド勝負だ。勝敗は、技が決まっての「一本勝ち」と、タイムアップになって審判員が判断する「優勢勝ち」がある。優劣つけがたかった場合には延長戦に突入する。
試合開始直前のこと。選手名が書かれたパネルを手に、現れた者がいた。多良間村の愛らしい公式キャラクター、その名も「たらぴん」である。軽量級の第一試合「タカシ号vs流星号」のゴングに先立っての登場に、会場は初っ端から大歓声だ。
ど迫力の「マイダツ脳天割り」に、ただ息を飲むばかり。
試合が始まるや、テントに設けられた「実況部」が一部始終を実況中継してくれた。戦いが白熱し、アナウンスの声にも熱がこもる。と、「ん?」と思う言葉が耳にとどいた。「おおっと、ここでマイダツ脳天割り! 激しい戦いになってきましたっ!」
なんだ、それは? すぐ横の机で実況中の大会役員さんに質問してみると。
「前足を高く上げ、体をそらして後ろ足立ちになり、敵を威嚇するんです。大会パンフレットにも技の解説が書いてありますよ」と教えてくれた。
パンフレットを見ながら、改めて戦況を見守る。両者気合いたっぷりに頭を振り下ろし、角と角とを激しくぶつけ合う。ガキーン、ゴキーンという音が、闘技場狭しと響き渡る。あまりの迫力にただ息を飲むばかりだ。
力技「肩押し」に、ヤギの勇ましさを感じる。
パンフレットには他にも、決め技がいろいろ載っていた。「頭突き押し」や「持たせ込み」、「掛けワザ」「腹取り」などなど。
おおっ、これは! たった今、目の前で繰り出されたのは「肩押し」という力技であった。肩で敵の顔や体を力強く押す。成長したオスヤギは、メスヤギを射止めるために力を誇示しようとする習性があり、可愛いメスヤギを射止めるんだと頑張っている。
そんな頑張りを見ていると「どっちも負けるなよ」と、思わずエールを送っていた。
初体験の「ヤギ汁」のお味は?
固唾をのんで激闘を観戦していたら……グーッ。お腹が鳴った。そういや、そろそろお昼時だ。そこへタイミングよく声がかかった。
「ランチのヤギ汁でーす。さあ、どうぞ」
大鍋からよそった湯気の立つ汁を、係りの女性スタッフが差し出してくれる。
「ヤギ汁」とは、もちろんヤギ肉のスープだ。ワイルドなヤギの香りが独特で、自由にトッピングできるフーチバー(よもぎ)を乗せ食す。旨いっ!コクのある味噌味のスープと歯ごたえあるヤギ肉に、舌も胃も大満足のランチタイムだった。
闘技場をグルリ取り巻くギャラリーたち。大人も子どもも皆で応援。
会場に詰めかけたギャラリーから歓声が飛ぶ。円形の闘技場をグルッと取り巻くテントの下には、ざっと200〜300人の観衆が詰めかけ、ごひいきのピンダに熱い視線を注いでいる。
午後も深まり、大会はいよいよ佳境に入ってきた。各階級のトーナメントを勝ち上がってきた選手たちが、時間とともに絞られていく。いよいよ決勝戦が始まった。ギャラリーたちも決勝戦に興味津々。軽量級・中量級の対戦カードと勝敗は以下の通りだ。
軽量級 ○タカシ号vs黒マサリ号●
中量級 ○三ッ瀬(ミッジ)号vsアラカワ号●
いやあ両試合とも、じつに見応えある戦いぶりだった。
栄えある優勝化粧回しは、シンメトリ号の背に。
そしてラストの大一番、重量級を制したのは、、、そう前回の覇者、あのシンメトリ号ではないか。
栄えある優勝の化粧まわしを背にする勇姿に、ギャラリーたちの拍手と歓声が鳴り止まない。
「勝ててほっとした。力がついてきているので、次回も優勝を狙います」と、飼い主・豊見山正さんの優勝インタビューでの弁。3連覇がかかる次の大会も、できたら見に来たい。
八重山遠見展望台から島をグルリと見渡せば……。
ピンダアースの興奮冷めやらぬ会場を後にして、多良間島をぶらりと探訪する。島を一望できる場所があると聞いて、早速足を向けてみた。高台にそびえる展望台「八重山遠見展望台」である。螺旋階段を上って最上階にたどり着けば、島全体がぐるりと見渡せる。見事な眺望だ。熱帯樹林とその向こうに青い海。少し先には水納島も見える。あの島に渡って、休暇を過ごせたら最高だろうな。
見えるものはまだまだあった。はるか向こうの水平線上には、いくつかの島影がちらほら。八重山諸島である。まだ見ぬ島々に思いをはせ、またいつか多良間島に来てもっとゆっくりと宿泊しようと誓い、螺旋階段を下っていく。
美しいフクギ並木を通りぬけ、いざ「聖地」へ。
御嶽(うたき)。沖縄で神を祀った聖地のことをいう。本島はもとより、宮古・八重山地方にも数多くの御嶽が存在。ここ多良間島にあるのが、集落より少し離れた閑静な場所にそっと控える塩川御嶽だ。言い伝えによればあるとき、この地に2個の霊石が飛来してきた。それ以来、御嶽として信仰の対象とされてきたという。
そんな「聖地」があるのなら、訪れてみない手はないでしょう。御嶽へと至る参道には、約650メートルもの美しいフクギ並木が打ち続く。大自然に包まれた小道は静ひつな空気にあふれかえり、身が引き締まる思いがする。
石の鳥居のその向こう、小さな祠の前で静かに手を合わせる。
参道が途切れ、目の前に塩川御嶽入口の鳥居が出現する。いよいよ聖地にやってきたのだ。やや緊張して石の鳥居をくぐり抜ける。その向こうには、うっそうとした木立に囲まれた赤い瓦屋根の祠が建っていた。ここに神が祀られているのだ。なんだか敬虔な気持ちになった。
小さな島に、雄大な自然が多く残る多良間島。
海と緑と星と、そしてヤギたちに囲まれて過ごした多良間島の旅も、終わりを迎える時がきた。
あっという間だったが、かなり大満足だ!
美しい海に囲まれており、満天の星空も見え、御嶽などのスポットも近くにあり、ゆっくりと周れる。
なんと言ってもピンダアース大会ではヤギの迫力はもちろん、島の人たちが島の行事を楽しみにしていて、みんなで協力し合いながら島を盛り上げていこうとする温かい気持ちに、こちらも思わず笑顔になる。
そんな旅の思い出はしっかり、記憶の底に刻み込まれた。
飛行場に到着し、荷物を下ろしながら駐車場にもう一度目をやる。と、そのとき。「めぇぇぇぇー!」というヤギさんの声が、「また来てね〜」と言っているような気がした。
Information 基本情報
夢パティオたらま
住所 | 沖縄県宮古郡多良間村字塩川18 |
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TEL | 0980-79-2988 |
備考 |